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「声が聞こえたら、返事をしなさい。そうしたら、お母さんのところに帰れるはずだよ」
彼女は優しく私にそう言ってくれた。私は頷いて、自分を呼ぶ母の声に大きな声で返事をした。
「おかあさん!」
途端に、静かだった世界に音が戻った。
ザアザアと雨が降っていて、母が自分を呼ぶ声がすぐ近くで聞こえた。
「ああ、本当に良かった! 心配したのよ……本当に良かった……!」
母が濡れるのにも構わず私を抱きしめてくれ、私は元の世界に帰ったことを実感した。
後で聞いた話によると、幼稚園から母と帰る道の途中、隣を歩いていたはずの私が水たまりを踏んだ、と思ったら、もう姿が見えなくなっていたのだという。手を繋いでおかなかったことをとても後悔した、という母は、それから私がある程度大きくなるまで、出掛けるときはいつも手を繋いでくれていて、私は母や父と手を繋いでいる時に、ここに来たことはない。
次にここに来たのは、私が小学生になって一人で登下校するようになってからだ。
この世界に来るきっかけは、水たまりを踏む、という行為にあるらしく、ある雨の日に大きな水たまりに足を踏み入れた次の瞬間、私はこの世界に居た。
「今度も迷子かい?」
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