18時も半分を過ぎた

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口を閉じて、深く大気を吸う。 橙が焼け過ぎて紫になっていく、焦げた雲のにおいがした。 少し上を向くと、幼馴染の香奈の部屋が見える。カーテンをいつも閉めないからか、部屋に干されている下着などが常に丸見えで、なんだか雑というか、適当なところが割と気にくわないのだ。人の気も知らないで、と。ふいに窓の向こうに香奈の顔が見えた。視線を逸らすのが間に合わなくて、目が合う。香奈はようやく洗濯物に気が付いたらしく、慌てて部屋の奥へ隠した。そして、ぶすっとした顔で窓を開けて、俺にこう言った。 「ちょっと。人の下着勝手に見たでしょ。」 冗談じゃない。 「カーテンくらい閉めろよな。15年くらいお前の下着見てるんだよこっちは。」 「15年って、パパのと一緒に干されるのがイヤになってからだから、せいぜい5年よ。」 「そういう話じゃなかったろ。」 「そうだった!あんたに見せたいものがあるんだった!」 そういう話でも、なかったと思う。香奈は嬉々として顔を引っ込め、今度は手に大きな袋を持って出てきた。 「じゃーん!花火!一緒にやろうと思って!」 俺は、部屋に飾ってあるカレンダーを見た。 「まだ6月だぞ」 「もう30日の夜でしょ。実質7月よ。」 「まだ夕方だろ。夏は来てねえって。」 「もう、あんたのそういうところって結構気にくわないんだけど。」 香奈は小学生みたいな、幼稚なしかめ面をした。俺がその顔を結構好きなのだって、まるで小学生みたいで、どうしようもない。 口を思いっきりへの字に曲げて「で、花火やるの?」と香奈は俺を睨んだ。「やる。」と返す。それだけで、しかめ面が嘘だったみたいにはしゃぎだす。 近くの空き地へ行き、水の入ったバケツを用意して、二人で花火を持った。香奈と目が合う。恥ずかしがるでもなく、無邪気に笑ったのを、俺は恥ずかしくなって目を逸らした。 一緒に火を点ける。鮮やかな火花が散り出した。緑色が弾けて、薄暗がりを照らす。光が徐々に勢いを増して、とめどなく溢れた。その奔流の向こうに、香奈の無垢な笑顔があった。火花が色を変えて白く光る。眩しい輝きがずっと溢れて、溢れ続けてほしかった。 香奈の笑い声が鼓膜を揺らす。心を満たしていくその感情を誤魔化すみたいに、すんと鼻で息を吸った。煙たくて、わくわくして、でもどこか寂しくて、なんとなく、甘いようなこれは。 においが変わった。夏の夜のにおいがした。
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