ひとりあそび

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 おぼんをアルコールで除菌しながら、妄想にふける。あそこの席に座ってる人、あの人は売れないダンサー。大きくて使い古されたカバンから、裏がはがれつつあるタップシューズがのぞいている。お金がないから、一日一食の生活。あんなにおいしそうに食べっちゃって。セット五百円未満の料理を、まるでキャビアを口に運ぶかのように、それはそれは大切に味わっている。角のテーブル席に座っているあの親子、さっきから父親はスマホばっかり。まだ年端もいかない女の子は、手に持つスプーンを食い入るようにじっと見つめながら、ひたすら無言で食事をしている。このところよくある光景だ。そんな親子には、これがぴったり。食事に行く前に偶然父親のスマホを見てしまい、メッセージの通知に若い女性からきていて、幼い子供ながらに父親がしていることがうすうす感づいている娘……。  こうやって絶え間なくやってくるお客さんに、適当に設定をつけては遊んでいる。八時間の勤務時間も、少しは楽しみができるというもの。  一介の店員なんて、ある程度仕事をこなしていれば、誰にも何にも言われない。空気みたいな存在をいかして、私は逆に観察する。そして、脳内でこねくり回す。どの設定がいちばんしっくりくるか。お客さん同士の会話も耳を大にして、吸収する。もちろん、キャラ作りの参考にするため。  まったくの他人が来るから、こんな遊びができる。絶対に誰にも言えない。私だけの秘密。時には気分によって、エグイ設定だってするときがある。その時は、すこしだけ口角があがっているかもしれない。でも、空気のような店員がしていることだから、きっと誰も気にすることなんてないよね。
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