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第一章:トンボの眼鏡
目覚ましのけたたましい音で、私は夢の世界から引きずり出された。夢の世界と言っても、どんな夢を見ていたのか既に思い出せない。
首が痛かった。寝違えたわけでもないのだが。
低血圧のためか、寝起きはあまり良くない方だ。この前もうっかり二度寝してしまい、職場への到着が遅れるはめになったことがあった。
起き上がって半ば手探りで眼鏡を探し、装着する。途端、天井からロープで吊り下げられた女が目に入った。
「ひっ」
思わず息をのむ。
女は俯いており、長い髪に隠れて顔は見えない。ところが、その顔がゆっくりと上がってきた。そして、完全にこちらを向いたところで、にいぃっ、と笑みを浮かべながら有り得ない角度へ首を回転させた。
今や女の顔は頭頂部が下、顎が上という状態でこちらを見ている。女は半ば透き通っており、その体越しに自室のドアが見えた。
『ねぇ、知ってる?』
空気の振動を介することなく、声が頭の中に響いてきた。
『絞首刑される死刑囚は一瞬で死ねる。でも、素人が自室で首を吊ると、体のどこかが壁や家具に接してしまうせいで体重の一部が首にかかったロープ以外で支えられ、その結果時間をかけて苦しみながら死ぬことになるの。他人を殺して処刑される人より、自分一人が死のうとする人の方が苦しまなきゃいけないなんて、あんまりだと思わないぃぃ?』
これは何だ。私はまだ夢を見ているのか。目が覚めたつもりでいて、未だに夢の中なのか。
いや、そんなわけがない。となれば、答えは一つだ。
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