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相変わらず絵に向かったままで、彼女の師匠が美月を呼び止めたので、部屋の入り口の扉に手を掛けたまま振り返る。
「何でしょう?」
出て行こうとしていた身体の方向を変え、師匠である画家ヘリオス・ランガスタに向き直る。
「依頼が来ておる」
ヘリオスの口から出て来た言葉に、美月は無言でその言葉の先を待つ。彼への依頼はいつものことだ。わざわざ呼び止めてまで美月に言うことも無い。
彼は何を言いたいのだろうか?
戸惑って首を傾げると、ヘリオスは珍しくやや焦れたように美月を見た。
「……なんじゃ? その間抜けな顔は。ワシにでは無く、美月への依頼じゃよ」
一瞬、言われた意味が分からなかった。いつもなら聴き逃さないはずの、合間に挟まれた失礼な言い回しにも気付かぬ程の衝撃だ。
彼にでは無く、美月への……依頼?
「私への……依頼ぃっ?!」
たっぷりと間が空いた後、目を見開き、ぽっかりと口を開けたまま固まってしまった弟子の様子を尻目に、嗄れた声で彼女にそう言い渡しながら、微かに目を細めたヘリオスはどこか嬉しげな様子だ。
「そうじゃ。さっきからそう言っておろう。明日から、ベルンシュタイン公の城へ上がってくれ。そこで、お前の絵に必要なものは何でも揃えてくれると言うておる」
「な、何でも?!」
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