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――本当は……最初の数か月はいつも目を腫らしていた。だから、やっとだ。やっと最近になってから、この理不尽な異世界に召喚されたという出来事を、そういう風に少しポジティブに考えられるようになった。
(やっぱり……ざわざわするこの気持ちも環境も落ち着いたなら、お師匠にはきちんと心から感謝を伝えに行かなくちゃ)
しかし、不思議なことが一つある。
何故、ベルンシュタイン公は美月のことをわざわざ指名したのだろうか?
この世界に来た時、自分が持っていたのは画材の一部だけ。あの日、制作途中だった未完成の自画像は手元に無かった。この世界へ来る途中で、手放したのか……それとも、この世界に持って来ていないのか。
手にしっかりと持っていたトートバックの中身だけが無事だった。
ならば、どこで自分の作品を見たのか?
何故、ヘリオスや有名な画家では無くて自分を指名して呼んだのかが分からない。
「あの、ベルンシュタイン公は何故……私を指名したのですか?」
騎士の大柄な身体の前に美月が座り、彼は今手綱を握って前を向いている。しかし、美月の言葉にぴくりと反応すると、にこりと笑った。ただ、それ以上は口を噤んだままだ。
(何だろうなぁ……)
彼からは別段悪意も感じないし、この笑顔の意味が分からず、美月もまたそれきり黙り込んだ。
結局その日、朝から旅立った美月がベルンシュタインの城に着いたのは、その日の午後のことだった。
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