1.落ちました。

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 大きさや使う絵具の扱い方にもよるのだが、この大学ではイーゼルの上で描く者よりも、畳の上で正座をして、絵の上に覆い被さるようにして描く者が多い。  伸びをした美月の背中やら腰やらが、ぎしぎしと音を立てたのは、長時間縮こまって描いていた姿勢から解放された為だろう。伸ばされた身体が解放感で心地よくて、暫く目を閉じてその姿勢のままでぼんやりしてから、我に返って教室を見回した。 「……誰もいない」  しん、と静まり返った教室の中、い草の匂いと、日本画の絵具の定着剤として使う独特な匂いを放つ(にかわ)の匂いが満ちている。  かなり集中していたようで、同じ教室で制作していた同級生達が帰って行った気配にも気づかなかったようだ。  カーテンを開け放した窓から覗く、すっかり陽が落ちて薄暗くなった帰り道を思い、一つ息を吐く。  絵を乾かしている間に道具を片付け、帰宅の準備をする。使いかけの絵皿を端に避け、明日の制作に使う分の膠をふやかす為、膠鍋に水と膠を入れて冷蔵庫に入れる。パタン、と冷蔵庫の扉を閉めながら、今夜の夕食をどうするべきか考えた。 (日にちが無いから作品を描きながら食べられるもの、うーん……うちに何かあったかなぁ……)  冷蔵庫の中身を思い出す。昨夜、スーパーのアルバイトの帰りに序でに買っておいた食パンと、夕食の残り物のサラダがあったはずだ。     
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