4.準備は万全に。

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 美月が普段の制作に使っているのは、雲肌麻紙(くもはだまし)と言う和紙を木のパネルに貼って描く方法である。木のパネルは大学で自作していたから、この世界でも作れる自信がある。しかし、絹本は木枠に貼った絵絹と言うものに絵具で彩色するのだが、描き終えた後の強度が心配だ。額に入れるならいざ知らず、表装と言って掛け軸のように仕立てるのには熟練した技術が必要で、専門職があるくらいだから、それなりに難しい。  手抜きをする訳では無いが、折角描いたものを破損させては意味が無い。  だから、紙を使って描く、慣れ親しんだ方法を選んだ。  そして、大事なのは絵具だ。日本画を描くには岩絵具(いわえのぐ)も必要である。油絵やフレスコ画もあるのだから、絵具の材料はあるのだろうとは思っていたのだが、岩絵具は鉱物を粉末状に細かくしたものが多くて、この世界で似たものが手に入るのか心配をしていた。  特に、美月の絵によく使う青。  合成の、比較的安価な手に入りやすい絵具などもあるが、天然の岩絵具の青色の材料は、孔雀石や瑠璃(ラピスラズリ)だ。宝石の原料ともなるそれらは、天然の上質のものであれば日本で一両(十五グラム前後)で五千円やそれ以上……なんてこともままある。絵具が無ければ美月の絵は描け無い。この世界に来た時に持っていたトートバッグにあるものはそう多くは無くて、正直量が足りるのかどうか気を揉んでいたのだ。 「……嬉しい」  もう、涙が出そうな程嬉しかった。  目頭が熱くなるのを感じながら、唇をワナワナさせ、目の前の画材を見つめると視界がぼやけてくる。     
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