1487人が本棚に入れています
本棚に追加
彼が「そんなはず無い」と、ひと言言えば、「冗談だ」と、美月もそう言って、笑ってこの話は終わるはずだった。しかし、彼から返って来た言葉は殊の外真剣で、美月は驚いてデッサンの為に右手に持っていた木炭を取り落とした。カラン、と軽い音が静寂の中で夜の執務室に響く。コロコロと音も無く、左手に持っていた消しゴム代わりのパンも落ちて転がった。
燭台の灯りがゆらゆらと揺れて、レオンハルトの表情に深い陰影を浮き上がらせる。
「……あ、ごめんなさ……ッ?!」
床に落ちた木炭を拾う為に、慌てて右足を踏み出した美月が屈み込み、その手が目的のものに触れる前に……そっと、手を包まれた。
「……この手が、僕を描くのか」
細く長い彼の指先が、美月の指と指の間を擽るように滑る。その、ごく僅かな触れ合いのせいで、背中を突き抜けるように走る甘い刺激に、美月は身体を今度こそ魚のように、ぴくりと跳ねさせた。
「細い指だ。初めて君の絵を見た時のことを思い出す」
青い瞳が、美月の方へ近づく。
「白い身体でしたね。君の背中は真っ白で、華奢で……僕は、あの絵を見た時、君のその細い腰を、抱き締めてみたいと思ったんです……変、ですよね?」
彼の視線が、身体の線を撫でるように腰へと落ちる。美月の手を包んでいた手が離れ、その腰の辺りを掠めた。
「美月……」
「ッ……!!」
ただ、それだけでぞくぞくした。先ほど指を触れられた時よりも、ずっと。
「……あ、木炭でしたね。……はい、どうぞ?」
最初のコメントを投稿しよう!