7.下絵を描きますよ。

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 それから、数日後。  ルーデンボルグの邸は、慌ただしかった。使用人達は、主人の為にてんやわんやだ。と、言うのも世間では早くも社交シーズンが始まったからだ。とは、言っても……当のレオンハルトは、乗り気では無いようで、慌てることも無くいつものように過ごしている。  一つ違うのは、構図が決まった美月が下絵を描き始めた為に、彼の執務室に通うことがあの日以来無くなったことだ。  これは、彼を避けている為では無くて、本当に下絵を描いているからだ。  デッサンを元に、構図を決め、パネルに直接描く前に、パネルと同じ大きさの紙に木炭で下絵を描く。 「…………」  美月の目は真剣だ。それを、今度はトートバッグの中から硯を出して墨を磨る。墨と硯はこの先、手に入るか分からない。レオンハルトは東の大陸にならあるかもしれないから、また探してみると言ってくれたが、この世界に墨は存在するのだろうか。微かに不安を感じるが、是非描き続けるなら手に入れたいところだ。  床に置いた制作用のパネルを見下す形で正座して筆をとった。  パネルには、紙を水張りした後に白い胡粉(ごふん)で下塗りをしてある。真っ白な画面の上に原寸大の下絵を被せ、墨を付けた細い穂先の骨描き筆を、下絵を見ながら慎重に走らせる。  しん、と静まり返った部屋の中、美月は止める事も無く、無言のまま、ただひたすらに筆先に神経をとがらせていた。    
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