8.下塗り始めました。

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8.下塗り始めました。

「…………」  レオンハルトは、いつもと変わらず書類の山積みになった机の前から立ち上がると、椅子の後ろにある窓へと近付いた。  夜明けも間近となった真っ暗な窓の外を、カーテンを開けてそっと覗く。  いやに肌寒いと思ったら、雪がちらついているようだ。彼女をこのベルンシュタインに呼び寄せ、初めて出会ったのが秋の終わり頃。ひと月も経てば、季節も変わる。 「雪か……」  宰相補佐官になってからずっと、多忙な日々を送っていた。次期宰相候補と目されるレオンハルトは連綿と続く名家ルーデンボルグの若き当主である。先代の宰相はレオンハルトの父親だが、現在は病に倒れ、休職扱いとなっている今、名目上宰相補佐官とは名乗ってはいるが、現宰相は不在で……つまり、補佐官であるレオンハルトがその実務を引き継いでいる最中なのだ。  レオンハルトの家ルーデンボルグは代々優れた文官を輩出して来た家だ。  レオンハルトも仕事人間だが、彼の父もまた仕事人間で、レオンハルトが幼い頃から、邸の中でさえも顔を合わせることが滅多に無い程だった。皮肉なことに、文官として王宮に出仕し始めてからの方が寧ろ、父親である宰相と会う機会が増えたぐらいだ。     
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