8.下塗り始めました。

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 その父親も、長きに渡る無理が祟って今は病床の身である。彼に爵位を譲り受けたのはつい最近のことだ。しかし、レオンハルトにとって、それがどこか寂しく思えたのは、レオンハルトが父と共に仕事をする機会が無くなることが惜しんだ所為であったのかもしれない。それとも、仕事上尊敬していた父親が引退することで、自分の目標とする存在が居なくなることを、レオンハルト自身が無意識に恐れたからなのだろうか。  その、ぽっかりと心に空いた隙間が寂しいと感じる原因なのかもしれない。  王太子であるアルフレッドとは幼馴染みで、レオンハルト自身も陛下の覚えが目出度く、周囲の期待は常に大きかった。  彼がまだ若く、なまじ仕事が出来る為に、不要な嫉妬ややっかみを買ったりすることも少なくは無く、割を食っている部分はあるが、とにかく回って来る仕事が多いのが常だ。  一日中、机に座って書き物をしたり、議会に出たり、問題のある機関に直接訪問したりと、何かしらの仕事をしている。  いかに若く、体力のある彼とて、溜まりに溜まった仕事に忙殺される毎日では精神的にも限界がある。多忙過ぎて苛ついてしまい、つい、部下にきつい口調で指示を出してしまったりしていたのだが、先日アルフレッドに指摘された通り、この所は、以前よりも心なしか疲れを感じ無くなって、随分と穏やかに仕事が出来るようになっていた。 「…………」  王太子に言われた言葉を、自分の中で反芻する。   『お前の好きな女は、めんどくさくない女なんだな』     
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