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――こん、こん。
床で這い蹲ったまま、作業をしていた美月はその音に気付かなかった。
数回ノック音は繰り返され、やがてガチャリとドアが開く。
「――美月」
「……え?」
美月が驚いて背後を見ると、レオンハルトもまた驚いた表情でこちらを見ている。
「!! ……君は何をしてッ?」
「え? 今、下塗りを終えたのでレオンハルト様を描き起こしているところですよ」
普通の調子で答える美月に、僅かに顔を赤くしたレオンハルトが目が泳いでいる。
「……いや、何でも無い」
「?」
(あれ? 男性に……しかも、雇い主にお尻を向けるのって、はしたない……って言うか、失礼だったかも?)
這い蹲ってお尻をこちらに向けたまま、片手に隈取り筆、片手に刷毛を持った彼女が慌てて振り向きながら身を起こすと、レオンハルトは咳払いをして彼女の前にしゃがみ込んだ。
「……え、ええと……あ、あのぅ……どうされました?」
ぺたんと床に正座をする美月は、不思議そうな顔でこちらを見ている。
その表情を見て、レオンハルトは密かにホッとしていた。彼女はどうやら、あの日のことに怒って自分を避けていた訳では無いらしい。
「君の部屋の灯りが見えて、気になってつい覗いてしまった。不躾な真似をして申し訳無い」
こんな時間に、女性の部屋を訪れるのはマナー違反である。紳士として失格なレベルの失態だが、レオンハルトは彼女のことが気にかかって、それどころではなかった。
「……はぁ……大丈夫ですが、何か急なご用事でもありましたか?」
のんびりと答える美月は、特段気にした様子も無く、ふにゃりと笑いながら首を傾げている。
「用事――いや、それは……」
「?」
用事など、特にはなかった。避けられているかもしれないと思ったら、どうしても美月に一目会いたくなっただけだ。
「……美月、君は夜会に興味はあるか?」
「やかい?」
今は社交シーズンだ。この所、使用人達がバタバタしていたのを思い出した。
「やかい……あ。夜会かぁ! えーと、興味全く無い訳でもありませんが……どんなものなのかなぁってぐらいで……」
「ならば、君。僕と王宮の夜会に参加してくれないか?」
「え」
「……ええええっ?!」
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