1.落ちました。

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 幼い頃から絵が好きだった美月は、どうしてもこの大学に入りたくて、反対する両親を説得した。その所為もあり、出来る限り両親にはお金のことで負担は掛けたく無い。だけども、日本画の絵具は思いのほか高価だ。絵具や画材の為にアルバイトはしているが、学生である美月が一人暮らしをするには、家賃がそこまで高くないアパートを探す必要があった。その結果、少し離れた立地にあるが七畳ワンルームの、現在のアパートに住むことになったのだった。普段は自転車か大学の定期運行バスに乗るのだが、今日はパネルを持ち帰る為に自転車には乗れないし、大学のバスは終わってしまった。  この街灯の少ない暗い道を、とぼとぼと歩いて帰るしか無かったのだ。 「……重い」  息を吐きながら、荷物を置く。歩く度に手が(かじか)んで指の感覚が鈍くなる。このキンとした冬の空気は好きだが、今日の荷物の量では少しきつい。  今日は、いつもならほんのりと行く先を灯してくれる月も無く、美月が踏みしめて進む帰路は真っ暗な道が続く。普段ならぽつぽつ通る車も、帰宅ラッシュの時間をとうに過ぎた今、この大きな川沿いの道路にはあまり通らない。  とても、とても、静かな夜だ。 「はー」  悴んだ手を擦り合わせ、息を吹きかける。白い息が僅かながら冷たくなった指先を撫でるが、外気の温度が冷たくて、留まることもなく熱は消えて行く。 (早く帰り着きたい)  狭いワンルームでも、初めて手に入れた一人暮らしの自分の城だ。  お風呂入って、あったまって、残り物サラダのサンドイッチを食べたら、この自画像の細部の描き込みをする。暖かい部屋で、イヤホンを付けたスマホで自分の好きな洋楽を聴きながら。 (……よし! 早く帰ろ!)     
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