10.君が喚ぶから。

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 何となく、彼が自分に好意を抱いてくれているような気がして、最近はあまり彼と話す機会を作らないようにしていた。講義の最中や、美術史のスライドの授業で薄暗い教室の端に座っていても、スケッチで学外に出掛ける時も……じっと、美月の動きを追うように絡む彼の視線を感じていた。意識すれば、気になるのが常で、居心地の悪さと同時にその視線に灯る仄かな熱と擽ったいような奇妙な甘さに引きづられて、苦くて「恋」と呼べるのかすら分からない、あの想いを思い出してしまう。  四つ年下の、彼のことを。  だから、避けていた。  今も、時折胸が痛むのは、良く無い別れ方をしたからだ。それも、自分の考え無しの言葉のせいで。 「……うん。ごめん、五十嵐君。二人で行くのはちょっと……」 「――俺、名塚さんのこと、好きなんだけど」  美月の足が止まった。  斜め後ろに立つ、彼の方へ振り向く。  少し長めの黒髪に眼鏡をかけた青年は、美月の方を真っ直ぐに見つめている。  大学と大学院の合同制作展の時期が、また近づいていた。日が暮れた校内は、所々教室の明かりが灯ってはいるが、もう夜の八時を回っているので、人影はまばらだ。美月や彼を含めて数名しか残っていないだろう。  冬が近づくこの季節には、木枯らしが身に染みる。大学三回生の、あの季節が近づく。 「……ごめん。私は今、そういうの、考えられない」  迷いなく答えた美月に、五十嵐は困ったように笑った。 「付き合ってみて、それから好きになったりするかもとか……そういう可能性も……無い?」 「ごめん」  五十嵐の顔が、少し寂しそうに歪んだ。  けれども、やはり自分が彼の想いに応えられる気がしなかった。     
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