10.君が喚ぶから。

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 美月が制作展に向けて描いていたはずの自画像が、忽然と消えていた。そして、描きかけの自画像の代わりに美月の目の前にあったのは、描きかけのレオンハルトの肖像画だった。  自分が抱き締めたまま、この世界に持って来てしまったのだろうか?  全てが無かったことになった訳ではなく、この世界では無いあちらの世界で、彼は確かに存在していた。その証は、美月の腕にしっかりと守るように抱えられて今、この世界にある。 「忘れられない人がいるから……」  自分が、レオンハルトを恋愛対象として好きだったのかはわからない。ただ、彼を傷つけて、自分も傷ついた。その上、そのまま仲直りもしないで別れてしまった。だからこそ、今も後悔が胸を苛むのだ。  忘れられない人……そんな風に、五十嵐に言ったのは、今も尚、彼を思い出して感傷的になり、泣きたくなる夜があるから。 「うん、わかった。名塚さん……困らせてごめんね」  五十嵐は、美月の様子をじっと見つめた後、納得したように頷いて去って行った。     
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