10.君が喚ぶから。

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 その瞳に手を触れて、長い間封印していたその名を呼んだ。その瞬間―― 『……き、……い!』 「え?」 『美月』  何も無い空間から、自分を喚ぶ声が聞こえた気がした。  がくん、と身体が浮く。 (まずい……これっ……この感覚……!)  まさかと言う思いが、胸を過ぎる。  一人の人間が、何度も喚ばれるなんてこと、あるのだろうか?  美月は、慌てながらも必死に考えた。  あちらの世界にもしも、また行くことが出来るなら、必要な物は何か?  咄嗟に、帰宅した時に床に置きっ放しだったバッグへ、部屋の片隅に置いてあった画材をありったけ詰め込み、部屋の電気を全部消した。  走り書きのメモに、両親への感謝を書こうかとした時、また声が聞こえた。 『美月』  今度ははっきり聞こえた。  自分を喚ぶ声は、レオンハルトの声だ。間違いない。美月の名を呼んでいる。  そう思ったら、何故か胸が歓喜に震えた。  もう、時間が無い。  今度は、後悔をしないように……する。  何があっても、それを他人事や何かのせいにしないで、ちゃんと真っ直ぐに向き合うんだ。  部屋の電気を全部消して、荷物を手に持ち、最後にレオンハルトの肖像画を、抱き締めるように腕に抱える。 「今、行くよ。行きたい! もう一度、会いたいよ……レオンハルト……」
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