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あたふたとする僕たちは、入れ替わりに立ったり座ったりを繰り返す、雨音は強くなり、それにイカ焼きの匂いが僕の膝の上から邪魔臭く香る。
「なんで、こんな時にイカ焼きなんか買ったんだよ……」
「なんでって、言われてもなぁ。ははは。お前が食ってもいいぞ」
ため息をつき、言葉を返さなかった。
父は腕組みをして笑っている。
雨音のする窓に、耳を傾けて目を閉じた父は、独り言のように呟いた。
「──思い出すなぁ。こんな日だった」
僕は父の深く閉じた、皺だらけの瞼を見つめていた。
それから目線を下ろし、腕組みした手に目をやると、その皮膚はぺたっと骨に添い、干物のように水分が無い。
昔は逞しかった父の腕は、もう、年々その貫禄さえ蒸発させてゆく。
「なんだよ、また若かりし日の話かよ」
僕も独り言のように呟いて窓を見た。
雨はどんどん激しさを増す。
「んあ。お前が産まれた日の事だ」
父の瞼はまだ閉じていた。
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