プロローグ 黄金色の風景

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 強い風が、私を勢いよく上空へと舞い上げる。  太陽の熱もだいぶ落ち着き始め、涼しい風が私の意識を優しく撫でる。心地よさに身をまかせつつ視線を落とすと、眼下には黄金色の風景が広がっていた。  風が吹くたび、実った麦穂が舞うように揺れている。  麦穂の舞を見ていると、私の心も踊る。ヴィア村の小麦の収穫が終われば、村民総出の豊穣祭が行われる。  私がこの地に居座って、すでに千年は経っただろうか。  今年の麦穂を見る限り、近年にないくらいの豊作だろう。豊穣祭も盛大なものになるに違いない。  上質な小麦で作ったパンに羊肉の燻製。麦酒に蒸留した強い酒。美しい女達の歌や舞。この土地に宿る豊穣の神に捧げる宴だ。豊穣の神とは他ならぬ私の事だが。  私がしたことと言うと、この地に良い作物が出来るよう祝福した位だ。開墾し作物を植え、ここまで村を発展させたのは私ではない。今、ヴィア村で生きている人間たちの先祖なのだ。  ……まあ難しいことを考えるのは止めよう。  さて、今年は何の姿を借りようか。ネズミか? ウサギか? いや、小さな動物はやめておこう。何度か宴の最中に踏み潰されそうになった。  そうだ。久しぶりに人の姿を借りよう。美しい女の姿がよい。二本足で歩くのは少々難儀だが、たまには人の身で豊穣祭を楽しむのも良いかもしれぬ。  ふふ。今から胸の高鳴りが止まらぬ。  強い風が吹き、麦穂が一斉に大きく倒れる。早く来いと私を誘っているようだった。
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