一章 ヴィアとエルマ

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一章 ヴィアとエルマ

 土の香りを含んだ涼しい風が、遠くに見えるヴィア村の麦穂を揺らした。すでに麦穂もほとんどが刈り取られ、残りも収穫されるのを待つばかりだ。これで上空からの夢のような景色も見納めだが、無事収穫ができることは何よりも嬉しいことだ。私の足取りも弾む。  地に這う虫や小さな花を踏まぬようにひょい、と跨ぐ。土が適度に湿っており、冷たく気持ちが良い。  ところで……。  人の身になったはいいが、二本足はやはり難儀する。歩きにくいのもそうだが、足の裏で小石を踏むと少し痛い。  夕暮れも近いこの時間は、空気も冷たく体毛の少ないこの体ではちと寒い。 「ふ、む、これは、難儀、だ。うぐむ……」  潰される寸前の羊のような声が私の耳に届いた。  人の姿を借りるのは久しぶりだ。声の出し方など忘れてしまった。宴で歌う女達の声はあんなにも美しいというのに……。 「あ、ああ、あー」と、今度は雨が降った後の蛙のような声を出していると、どこからか風に乗り歌声が聞こえてきた。  はて? まだここは村の外だ。豊穣祭が迫るこの時間に、こんな所に人がいるとは思わなかったが……。  それにしても美しい声だ。  誘われるように、歌声に近づいていくと、西に傾く太陽の日差しに同化するように一人の女が歌っていた。  麦穂と同じ色の黄金色の髪の毛は、日差しに照らされ上質の絹糸のように輝いている。  もっと聞きたい欲求にかられ、近づいていくと女は歌を止め私を見た。  口に手を当て、大きく目を見開いている。 「あなた!」  女はそう叫ぶと、すぐさま走り寄ってきた。私の肩を掴むとまじまじと顔を見つめた。
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