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人間は産み落とされたその瞬間から保菌者となる。
まるで訳ありの紙札を貼られた廃棄対象の商品のような気分だ。
あまつさえ人間を生んだ世界にさえも嘲笑されているような錯覚に陥り、次第に嘔吐を催す不快感すら鮮明に覚えてくる。その度に冷たい鉛を胃の最奥へ落とし込むように、しこりと近似した何かを深く嚥下する。ここ最近はそんな毎日が続いており辟易している。
だけど今この時代において、保菌者という言葉の意味は刷新されて然るべきだと私は思う。
半ば皮肉混じりに辞書──公共の図書庫から拝借した古書だ──を開いて保菌者の項目を引いてみたけれど、それは次のように記述されている。
【保菌者】
感染症の病原体を体内に保有しているが発病せず、感染源となりうる者。
確かに校閲する隙もないし実に的確な定義だと思うけれど、それはあくまでも昔日の編纂者が当時の知識と客観的推測からこしらえた産物に過ぎないのであって、現世にとってそれが確固たる定義になるとは到底考えられない。
何故なら、世界は常に例外で溢れているからだ。
では、この保菌者という言葉に現代の定義を反映させたとしよう。
その当時の編纂者は愁眉を寄せるだろうし、世間の顰蹙を買うだけかもしれない。しかし、事実だけを則ればこういった意味合いに変わることは、全員が受容しなければならない。
【保菌者】
人類学上の現生人類を指す。なお、上記は個人の情緒に帰属する。
これはつまり外的要因で種になりうるという推察の範疇から逸脱したことを意味し、人間は感染源そのものだと断定されたということになる。
もちろん、私だって例外じゃない。
多くの、または世界中の人間がこの事実を認識していないし認知しようという意識すら脳裏に芽生えていない。世迷言だと一蹴するばかりか、むしろ平穏を取り戻したかのように澄ました顔で過ごしている。野生を喪失した愛玩動物のように、その先天的な機能を忘れてしまったのかもしれない。人間という生き物は兎角にも賢くなりすぎたのだと思う。
人間は手を取り合うことを覚えた。
人間は思考することを覚えた。
人間は自然を制御する術を覚えた。
人間は道徳を尊重することを覚えた。
人間は平等を是とする価値観を覚えた。
人間は物事における二面性の区別を覚えた。
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