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世界が一本の大樹・世界樹の上に成り立つと信じられていた時代、世界は九つに分かれていた。
九つの世界の内アスガルドに住む『アース神族』とヴァナヘイムに住む『ヴァン神族』という二群の神々への信仰が、人間界に住む人々の生活に深く根付いている。
ここはアスガルドの長たる主神オーディンの宮殿『ヴァルハラ』……その玉座の間。
壇上に置かれた黄金の椅子に鎮座する隻眼の老人こそ、アース神族最高神・オーディンだ。
「ぬぅ……」
オーディンは悩んでいた。数日前、とある神器が九つ、アスガルドより姿を消したのだ。
調査には放った使いの鴉も帰ってこない。彼は何らかの予兆を感じ、どうしたものかと俯き額に手を当てる。
「如何なさいました?」
玉座の横に立つ、長い金髪の青年が尋ねる。
その容貌は女性と見紛う程に美しく、その肉体は一見華奢だが程よく筋肉がついており、引き締まっている。
彼の名はバルドル。光を司る神であり、オーディンの息子の一人である。
「うむ、何やら良からぬ予感がしてな……バルドルよ」
「はっ」
オーディンが応え、命じるとバルドルは恭しく頭を下げ、玉座の間を後にする。
暫くして戻ってきた彼は、その右腕に一人の男の首を抱えていた。
「父上、お連れ致しました。ミーミル殿にございます」
「うむ、御苦労」
バルドルはオーディンに男の首を差し出し、オーディンがそれを受け取る。
ミーミルと呼ばれたこの首だけの男は、三本に別れた世界樹の根のうち、東方……霜の巨人の住む国ヨトゥンヘイムの方向へ伸びた根元にある、知恵と知識の泉を守る賢神だ。
彼はアース・ヴァン両神族の抗争が終結した際、アース神の一人・ヘーニルと共にヴァン神族へ和睦の証として差し出された。
その後ヘーニルはヴァン神族の王に据えられたが、彼は優柔不断で何かを決める際はいつもミーミルに頼っていた。
これに不満を感じたヴァン神族はミーミルの首を切断し、アスガルドに送り返したのだ。
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