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「オーディンよ、我に用か」
首だけのミーミルが言葉を発する。腐敗せぬよう薬草を擦り込み、魔術によって蘇った結果だ。
「うむ……ミーミルよ、お前に尋ねたいことがある」
「フッ、よかろう。何だ?」
オーディンが頷いて応えると、ミーミルは自慢げに笑った。
「ある九つの神器が、アスガルドから消えた……調査にと放った鴉たちも帰って来ぬ。これは何か凶事の兆しだろうか?」
「……終末の日が近い。遠からぬ未来にて、神と人の世を滅ぼさんがため巨人の軍勢がこの神域へと攻め入るであろう」
オーディンが尋ねる。ミーミルは自慢げな笑みを消し、真剣な表情で告げた。
「神々の王オーディン。滅びを望まぬならば、戦に備えよ」
「ラグナロクか……」
厳かに告げるミーミル。オーディンはやや緊迫した面持ちで頷き、小さく呟く。
その時、窓から二羽の鴉が飛び込んできてオーディンの両肩に止まった。
「ただいま帰りました。調査の結果、失われた神器の大まかな所在を把握いたしました」
「神器はミッドガルドにある。悪いが、それ以上のことはまだわからねえ」
右肩に止まった鴉が恭しく語りかけ、左肩の鴉は砕けた口調で、しかし申し訳なさそうに報告する。その声は変声期前の少年のような高めの声だった。
右の鴉はフギン、左の鴉はムニン。彼らはオーディンの使いであり、様々な世界を飛び回り主人であるオーディンに情報を伝える神鳥だ。それ故言語を解し、操ることができる。
「それだけわかれば十分だ。フギン、ムニン、よくぞ戻った。大儀であったな」
自らの両肩に交互に目をやり、オーディンは二羽の使者に労いの言葉をかける。
「ミーミルよ、お前にも感謝せねばな。助言の通り、戦に備えるとしよう」
「礼には及ばぬ。首のみとはいえ、我は貴公に命を救われたのだ」
オーディンはミーミルに謝辞を述べ、息子にその首を預ける。
再びバルドルの手に抱えられたミーミルの首は、満足げに笑って返した。
「しかし、如何なさるのです? かの神器の力は極めて強大。悪しき者の手に渡ったならば、恐らくラグナロクにも匹敵する世界の危機が訪れるでしょう」
バルドルがオーディンに尋ねる。その表情には若干の焦燥があった。
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