1.私が雨を嫌いな理由

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 入学式の日、委員会で新入生の案内係に借り出されていた私は、門の辺りで声を荒げる生徒指導の教師と、背の高い新入生らしい生徒に気づいた。 どうやら髪の色のことでもめているらしい。確かにその男子生徒の髪は、小雨の降るどんよりとした空のもとでも薄く柔らかな茶色に見えた。 「高校デビュー」なんて幼稚で安易な思い付きで染めたにしては綺麗すぎて、優しすぎて、何より彼の一部として馴染みすぎているように感じた。高圧的な態度でまくしたてる教師に対して、整った人懐こそうな顔を歪めている。 「だから、地毛だって言ってるじゃないですか。」 「だったら親の証明をもらって来いと書いてあっただろう。」 「忘れたんですよ。っていうか、なんで証明なんか必要なんですか。そんなくだらない嘘なんてつきません。」 別にどっちに味方をする気もなかったのだけど、この不毛な言い争いが門の前で繰り広げられ続けるのもどうかと思い、私は背後からその男子生徒に近づいた。 先生が私に気づいて少し表情を和らげる。不純な動機からではあるものの、勉強にもスポーツにも学校生活にも手は抜かない。そうやって過ごしていることの副産物として、私は大体の先生にどちらかといえばいい意味で顔をおぼえられていた。 先生の変化に気づいた男子生徒がこちらを振り返る前に、私は手を伸ばしてその綺麗な髪に触れた。触れると案の定柔らかく、滑らかでふわふわとしている。後頭部あたりの2,3本を掴み、思い切り力を入れて引っ張った。 
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