第8章

37/38
3642人が本棚に入れています
本棚に追加
/294ページ
「フフッ、あとは璃子ちゃん・・・あなただけね。」 「・・・ですよね。」 私は、といえば・・・ 自宅に戻った後、しばらくの間は何も考えられなくて・・・ 彼を思い出してしまうからと、パソコンに記した日記にも触れずにいた。 久々に会ったみっちゃんは、次作の準備に取り掛かるよう執拗に私のお尻を叩いたけど・・・のらりくらりと交わしているうちに、時間だけが過ぎて行った。 時間が経てば、きっと忘れる・・・ しかし、時が経てば経つほど思いは募り・・・失ったものの大きさに気づいて打ちのめされている私がいた。 そんなある日の事・・・風の噂で、藤堂邸が取り壊されるという話を聞いた。 あの後、何のお咎めもなしに警察から解放されたと聞いてはいたが・・・まさか、屋敷を手放すとは思ってもいなかったのだ。 もしかして・・・何処か遠くへ行ってしまったのだろうか? 居ても立ってもいられなくて、藤堂邸を訪れたのは、その数日後 ―― すでに屋敷の周りには高々とフェンスが張り巡らされていて、中を窺う事は出来なかった。 優に連絡をしたのは、その直後の事だった。 「うふふ。コレ・・・屋敷が取り壊される前に摘んで作っておいたの。」 「藤の花の・・・(しおり)?」 「そう・・・藤の花を見るのも最後だと思って。でも、これは私じゃなくて、璃子ちゃんが持ってる方が喜んでくれそうだから・・・あげるわ。」 久しぶりに会った彼(彼女?)は、穏やかな笑みを浮かべながら私の知らない朔哉さんの話をたくさん聞かせてくれた。 彼が、どんなに心を痛めていたのか・・・ どれだけ、私を大切に思っていてくれたのか・・・ 優さんの話を聞いているうちに、自分がやらなければいけない事が見えて来た。 そう・・・私は、しがない物書き。 泣いている暇があるなら、立ち上がって書き始めればいい。 連絡先を知っている桃井やトシ、優の話を聞きながら執筆を始めたのは、鎌倉から帰って半年が過ぎた頃・・・ それから、約一年の月日が経って・・・ようやく一冊の本を書き終えたのだった。
/294ページ

最初のコメントを投稿しよう!