前兆

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 なんで咲は、わたしと仲良くしてくれるんだろう。  その疑問が生じるのは自然なことだった。だって、わたしにはなんで咲がわたしと仲良くしたいと思ってくれるのか、皆目見当もつかない。本当にそう思ってくれているのか、ということについても。  わたしは彼女がすきだった。大切だから、安易な言葉を投げかけるのはためらわれて、咲と一緒にいるときは自然と口数が減った。そもそも口数の多い方ではないから、実際のところあまり変わらないのかもしれないが。だから、わたしたち二人が一緒にいる時は、専ら咲が話してそれをわたしが聞く、という形がお決まりだった。  それは、わたしにとっては居心地が良かった。咲の話は聞いていて楽しい。けれど、咲にとってどうなのか、ということについては、わたしはつとめて考えないようにしていた。答えを得てしまうのが、そして危惧している答えを咲に肯定されてしまうのが、怖かったから。  他愛のない日常が続いていれば、それで良かった。  ぬるま湯のような会話に満足して相槌をうって、あなたとわたしは同じで、同じものを見て感じているというしあわせな幻想に、頭のてっぺんからつまさきまで浸っていられればそれで良かった。  その時、彼女の華奢な肩が傾いで、昨日降った雨のせいで所々ぬかるんだグラウンドを滑るのを、彼女のまとめた長い髪が宙に揺れてからその背に落ちるのを、わたしはただ呆然と見ていた。なんて、現実味の無い。  咲が腕を骨折した。
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