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結局その日、咲とそれ以上ろくに言葉を交わすことはできなかった。
学校帰り、わたしは少し公園に寄り道することにした。朝からずっと降りしきる雨のせいで、公園の地面はすっかりぐちゃぐちゃにぬかるんでいた。
公園には先客がいた。
青い花柄に紺の縁取りの傘をさした誰かが、ぽつんと何をするわけでもなく立ち尽くしていた。紺のハイソックスとローファーから、高校生であることがわかった。水溜りを踏んだ音でわたしの存在に気がついたその人は、すこし傘を傾けてこちらを見たようだった。というのも、もしかして、手紙が置かれてはいたりはしないだろうか、との思いから、紫陽花の株のそれぞれに視線を走らせていたから、きちんと見ていたわけではなかったのだ。
「みはる、ちゃん?」
その声が、突然わたしの名を呼んだ。
それはもう驚いた。知らない人だとばかり思っていたのだ。
だからか、一瞬、誰だかわからなかった。それくらい久しぶりだったから。
傘を傾けて、その人はわたしの傘を覗き込んだ。
それから、やっぱり、と嬉しそうに微笑んだ。
「もしかして……千紗都先輩?」
やさしげに細められた黒い目と、うっすらと浮かぶえくぼに見覚えがあった。髪型も服装もすっかり変わっていたから、若干自信はなかったけれど、先輩はうれしそうに頷いた。
「覚えていてくれたんだ、」
「は、はい!」
憧れの先輩ですから、と真正面からは流石に言えなくて、代わりにわたしは勢い込んで頷いた。
「先輩には、いっぱい、図書委員の仕事で、お世話になりましたもの!」
そんなでもないでしょ、と控えめに大人びた微笑みを浮かべる先輩に、ああ、やっぱり違うなあ、とあらためて感じる。年齢差が縮むはずがないのはわかっているけれど、それでも、先輩はわたしがいくらか大人になった分の数倍は先に進んでいるように思われた。
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