はじまり

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 わたしがそれを見つけたのは、ほんとうに偶然のことだった。  いつものように学校へと向かう道すがら、なんとなく、公園を通り抜けたい気分になって、わたしはそちらに足を向けた。シーソーとジャングルジムの間を抜け、戯れに砂場の縁の木の枠の上を歩む。避けた水たまりには空を覆う厚い雲がいっぱいに映っていた。ブランコの傍で春には立派な花を咲かせていた大きな桜の木も、すっかり濃い緑をその腕に湛えて曇り空の合間から微かに洩れる朝の光をその面で反射していた。五月も半ば、風も薫るばかりではなく、近づく梅雨の気配と共に、湿った熱気を帯び始めていた。  クラス替えによるざわつきもすっかり収まって、ゴールデンウィークが過ぎ去り夏休みもまだ遠い今、倦怠感にも似た空気がクラス、いや、学校全体に蔓延っていく雰囲気を感じていた。学校自体に不満があるわけではないけれど、その空気に中てられてか、なんとなく学校に行くのが気だるかった。ちょっと遠回りでも公園を通り抜けていこう、と考えたのは、その気だるさを少しでも紛らわせたかったからだった。  そんな私の目に、ふと、白いなにかが見えた。若葉が豊かに彩る紫陽花の茂みの合間にそれは挟まっていた。どうやら、白い封筒のようだった。やっとの思いで拾い上げたそれは上質紙特有の厚みを持っていて、裏返すとそこには綺麗な字で「見知らぬ貴方へ」と書かれていた。糊付けもなにもされていない。わたしはそれをいいことに、あまり深く考えず中身を開いた。そうして、先の文面に出くわしたのだった。 (そういえば、このあたりには大きな病院があるんだっけ)  高速にも繋がる太い幹線道路に面して、病院というよりはなにかの会社の本社です、といった顔で堂々と立っているガラス張りのビルディング。そっちの方から通ってるクラスメイトがそんなことを言っていたような気がする。この町に引っ越して来てもう三年目になるけれど、まだまだ知らないところは多い。 (とりあえず、学校いかなくちゃ)  気づけば公園の時計の長針が十五分も進んでいる。  わたしはその手紙をブレザーの内ポケットにしまうと、小走りに学校への道を駆けだした。昨晩の雨で湿った砂がはねる。だけどそんなことは気にならないくらいに面白そうな出来事が目の前にあらわれて、つい先ほどまであったはずの妙な倦怠感はすっかり霧散していた。
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