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いちどきに、渡り廊下を走り去る直前に見えた咲の表情が脳裏に閃いて、わたしはつよく唇を噛んだ。いつのまに、とか、会えてよかった、とか色々思ったこともあったけれど、それよりもなによりも、一番に言わなきゃならない言葉がわたしにはあった。
すっかり湿ったブレザーの裾を握りしめると、その振動で胸ポケットの手紙がかさりと鳴った。
屹度、大丈夫。
当惑した様子の親友に、わたしは一度、口をひき結んでから、言った。
「ごめんなさい!」
視線が下向きそうになるのを、必死でとどめて咲の目を見つめる。伝えたい、伝わってほしいから、ほんの少しでも。だから、咲の目を見て話さなきゃ。こわくたって、逸らしちゃいけない。
「なんて言っていいか、わからなかったの。咲のこと、傷つけたくなくて、でもそう思ったら、何も言えなくなったの」
ごめんなさい、ともう一度言おうとしたその言葉は出てこなかった。
なぜなら、咲が勢いよくわたしを抱きしめたから。
「ごめんね、みはる」
その言葉のあと、咲の傘が地面に傘の落ちた音で、わたしは我に返った。そしてそれからようやく、咲の言葉を理解した。
咲の身体は、白く光る霧雨の中、小さく震えていた。
そのあえかに洩らされる鳴咽に、わたしは胸にこみ上げるものを感じた。
それが、いったい何と言うのかはわからない。
でもそれでよかった。
咲と同じように、わたしも思いきり彼女を抱きしめればそれで済むことだったから。
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