日常

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 あの先輩は、どうだったのだろう。  わたしはふと、一年生の頃に良くしてくれた千紗都先輩のことを思い出した。  彼女もよく先生や当時の三年生から「真面目」と言われていたけれど、その言葉にはしばしばわたしに投げかけられるのとは違うものが含まれているように感じられた。それは彼女の大人びた物腰の柔らかさからくるもののような気も、おっとりと微笑む時だけうっすらとあらわれるえくぼによるもののようにも思われた。彼女はわたしの憧れだった。  三年生になってもうふた月。わたしが初めて先輩に会ったのと同じ頃。彼女のように、わたしはなれているのだろうか。その疑問は、抱く間でもないものだった。  溜息をつきつつ窓の外に目をやると、五月晴れという言葉がよく似合う晴天が覗いていた。天気予報はきちんと当たってくもりののちに晴れたらしい。昼食を食べ終わった生徒たちがグラウンドへと駆け出しているようで、球技でもしているのだろうか、仲間に呼び掛ける声が校舎に反響して中空へ浮く。  まるでわたしと関係のない遠く離れた場所の喧騒が、今わたしはひとりである、ということを強調する。それは不思議と寂しさよりもむしろ安心感をわたしにもたらした。  昼食後にきまって訪れる眠気にまかせ、貸出カウンターに寝そべるように両肘をついて体を倒すと、かさり、と内ポケットの中の存在が主張した。 (そうだ、そういえば今朝拾ったんだった)  わたしはもう一度図書室を見渡して、それから耳を澄まして誰もいないことを確認すると、素早く封筒を取り出した。几帳面な、だけど筆圧の薄い文字を見ながら想像する。このひとは一体どんなひとだろう。このひとは孤独だ。わたしがいま感じているような安息は、きっとこのひとの中には存在しない。それが幸せなのか不幸せなのかわからなくて、わたしはこのひとに興味を抱いた。それに、知らない人との文通に、正直なところわたしは期待していた。何の変哲もない日常が一変しそうな気がしたのだ。 (なにを、話そうかな。――なにを、聞こうかな)  ゆるく曲げた片腕に顔を埋めながら、もう片手で便箋を陽の光に透かす。  同じ光の中で微睡みながら、わたしは返事の文面を考え始めていた。
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