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「いいか? 落ち着ていけ。お前なら絶対勝てる。自信をもっていってこい」
「――はい!」
先生に背中を押されると、僕はスタートの場所へと向かった。
――今日は陸上の大会の日。
僕は今から百メートルの部門に出場することになっている。
準備はしてきた。毎朝、毎日頑張ってきたのは今日のため。その成果を見せる舞台だ。
「――選手の皆さんはスタート地点にて準備をお願いします。まもなく始まります」
中学でもこのような大会には出場してきた。
だけどそれとは違う。見に来ている観客の数も、競技場の大きさも。
大会には慣れてきたと思っていたが、僕は久しぶりに緊張を感じていた。
――始まりを告げる銃声が鳴り響く。
スタートダッシュは悪くない。いやむしろとても良い。だが、
「……ッ」
隣の男。隣を走る男との距離がすでに離されていた。
――おかしい。そう感じた。
スタートダッシュをミスしたわけでもなく、なのに前方に彼はいた。
まさか…………だが、今はそんなことを考えている暇はない。走ること、それだけに集中するべきだ。
走る。だが隣の男との距離は縮まらない。
男と僕の加速力は同じくらい。
だから――スタートが勝敗を分ける。
――ゴール手前十メートル。
厳しい。僕自身がそう思ってしまった、その時、
「――――ッ?」
背中に謎の感触。
その感触は僕の背中を強い力で押し、僕を前へと進ませる。
一瞬後ろを走ってる選手に押されているのかと思った。しかしそんなはずはない。走りながらこんな強さで背中を押せるはずがないし、そもそも押す理由がない。
――人間技じゃない。
そう思った時、僕はスッと理解した。
そして――――
「……………………」
……僕は、足を止めた。
「おいどうした! 怪我でもしたのか?」
遠くから僕を心配する先生の声が聞こえる。
ああ、先生には申し訳ないことをしたな。そうぼんやりと思った。
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