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2.結果
翌日のための準備を終えて帰宅しようとすると、既に暗くなり始めたグラウンドでブロンズランクの彼に出くわした。帰ったと思っていたのだが、どうやら一人で残って走っていたらしい。
「あまり無理はするなよ」
私は帰り際、彼に声をかけた。
「人間の体というのは、酷使すればするほど強くなるってわけじゃないんだ」
実際、養成所のプログラムは、考え得る限り効率的に身体能力を向上させられるよう組まれている。ウサギ跳びなどをやらせて却って子供達の身体を損ねていた昔の体育教育などとは違うのだ。
今日のように丸一日養成所でトレーニングをした日に、更に自主トレを追加するのは効果があるどころか、逆に体に負担をかけてしまうだけになる可能性もあった。
彼は頷きこそしたものの、まだ帰るつもりは無いようだった。
本来なら私は、無茶な練習はやめるようもっと真剣に彼を諭すべきだったのかもしれない。しかし、自身も現役時代にスランプに陥ったことがある私には彼の焦燥がよく分かったこともあり、あまり強く言うことができなかった。
ただ一つ当時の私と違うのは、彼の場合はこれが一時的なスランプではなく、今後も伸び悩み続けるだろうと予測されていることだった。そんなことも知らずに必死で努力していることが残酷なのか、それともそれを知ってしまった方がより残酷なのかは、私には分からない。
その後も度々、一人残って練習を続ける彼の姿を目にした。
それを見る度に、彼のために何かしてやりたい気持ちに駆られたが、私にできることは何も無かった。
一人だけ特別扱いして追加指導をしたりすれば他の子供達の保護者からクレームがくるということもあるが、それ以前に、既に最適化された指導を行っているため、そこから更に上乗せしてできることがもう何も無いのだ。
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