序章 Down To Earth

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 少年は歩く。先の見えぬ荒野をひたすらに。  食を断って早四日。ここまで消耗するとは思わず、先日の己の決断を悔いる。あの時、この街に来ることを選ばなければ。  既に顔は割れてしまっている。今更本国一治安の保たれた街でまともな生活など送れるだろうか、いや送れまい。  少年は歩く。最早直線をなぞることもできぬ程衰弱しながら。  視界が狭まってきた。前まで視認できていた華やかな街灯が、まるで河原に舞う蛍の光だ。徐々に失われていく周囲の光彩に、儚さすら覚える。  このまま野垂れ死ぬのだろうか。  今では人目につく所ならどこを見回しても確認できる我が尊顔と桁外れの懸賞金。彼の犯してきた罪の重さは額相当で、何人もの要人を――法律上否とされる無免許での魔導球使用を含め――魔術で殺害してきた。  アンダーグラウンドでいたいという思春期特有の症状は、アウトロー生活に平穏を空費されまともなそれを送らなかったこの少年にも起きるらしい。その一方で、これだけ名を知られた、またそれだけ他の命を奪ってきた身として、地に這いつくばって息絶えるという醜い死に方はできない思いもある。上体を起こし、矜持と尊厳を保ったままに死ぬのだ。それが、幾つもの命を屠り、己が命を繋いできた彼なりの責任の取り方だと、混濁する意識の中で思索する。  足は止まった。遂に歩くことさえできなくなったのか。途端に、堪え難い虚無感と重くのしかかる孤独感に潰される感覚に襲われる。壁に手をつき、言うことを聞かない脚を鼓舞する。見上げると、まさに手をついているそれにも、俺が仰々しく貼られている。  遅かれ早かれ、これも剥がされる日が来るのだろう。そう思うと、不名誉なことにもかかわらず涙が溢れ出した。俺はこんな小汚い紙にその生きた証を記すためだけに戦ってきたのか。偏見を、迫害を、差別を倒すためではなかったのだろうか。とうの昔に目的と手段が乖離している。腹立たしくて仕方がない。そんな小さなことに囚われてすらいる現状(いま)の憐れな姿が。大志は宙に溶け消え、残るのは地に墜ちた名声とありもしない人徳だけ。  少年はまた歩き出す。いつ止まるかはわからない。しかし、未だ生きているこの時から歩みを止めてしまっては、恥の上塗りをするだけだ。貼り紙を破り捨てれば、見るに堪えぬ掠れた文字が残るばかり。  クリス=イングルヴィ――――それが彼の名だ。
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