とある殺人事件について

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「誘拐の疑いがある……とは?」 「それがですねえ。美鶴さんの財布はおろか、靴も玄関に残されたままなんですよ。勿論、下駄箱から別の靴を出した可能性もありますがね。刑事の勘といいますか、第一印象といいますか、着のみ着のままその場からいなくなった……ように思えてならないのです」 「突発的に犯行に及んだとしても、年頃の女性が着のみ着のまま逃走とは考えにくい……ですか?」 「計画的な犯行というのも考えられます。しかし、だとすれば人目に付きやすい朝の時間帯を選ぶでしょうか? 寝込みを襲うにしても、逃走するにしても、深夜の方が都合がいいはず」 「残された財布からは当院の診察券。何か手がかりになれば、といったところですか」  海老原は返事を省略した。「ひとつ引っ掛かったもので。どうなんでしょう? 一度来ただけの患者の名前を、はっきり覚えているものですか?」一条寺が眉をひそめたのを見て、「いえいえ、先生を疑っているわけじゃないんですよ」と一言付け加える。
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