とある殺人事件について

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 空には厚い雨雲。その日のうちで一番高い位置にあるはずの太陽も、今は薄暗い灰色に塗り潰されている。  国道から少し外れた、寂れた商店街。時折聞こえるゴロゴロという音は降雨を予感させ、まばらな人影の歩を急かしていた。梅雨入りしたばかりの気温は、まだ肌寒く、小走りでコンビニ袋を揺らしていた若い女は、空いた方の手で薄手のカーディガンの前を合わせる。ローヒールのパンプスの、コッコッコッという乾いた音が、静かな街に心地良いリズムを刻んでいる。 「降りそうだねえ!」店の前で空を見上げていた肉屋の主人に声を掛けられ、女は足を止めた。人懐こそうな男の笑顔に釣られ、女も「ですね」と微笑み返す。 「いい色に揚がってるよ?」 「今ダイエット中ですから」 「ダイエット? ちょっとポッチャリしてるくらいが、おじさんは好きなんだけどなあ」  少し困ったような顔を見せた女は、軽く会釈をし、“一条寺クリニック”と書かれた立て看板のあるビルに入って行く。揚げたてのコロッケの香りにうしろ髪を引かれ、小さくため息をついた。  
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