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「四号館に幽霊が出るらしいよ」
火野が何気なく口にした一言が、私の注意を引いた。
図書館の机で、レポートの退屈な資料集めをしていた私達。
幽霊という言葉は静かな昼過ぎの図書館で、とりわけ異様な響きを持った。
「三階でしょ?
虚ろな目で、窓からじっと見下ろしてくるの」
「赤いワンピースの女だとか」
話好きの木野と水野が、早速食いついた。
「しぃっ。声大きいよ」
書架整理をしている図書委員に目をつけられないよう、慌てて注意を促す。
「ところでどの辺にあるの?
四号館って」
「山際にあるだろ。
大教室が一杯入ってるとこ」
ついていけない私に、火野が肩をすくめる。
「思い出した。
昼でも薄暗いから、嫌いなのよね」
「仕方ないよ。
山の影に、隠れてるんだから」
講義の間は、学生がわんさと集う。
建物どころか、出入り口ですれ違うのも困難なほどだ。
午後四時半に四限が終わり、教職員が姿を消すと雰囲気は一変する。
ぎらつく夕日が落ちると、山から冷気が降りてくるせいか急に冷え込むのだ。
クラブ棟や学食施設からも離れており、用も無く近寄る学生はまずいない。
「せっかくだし、見に行かない?
みんな五限無いでしょ」
「うわ、絶対言うと思った」
目をきらきらさせる時の火野は、誰も説得することができない。
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