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ほどなくして、ひょろりとしたぼさぼさ頭の男が引っ張ってこられた。
「誰だ?
研究室でドンドン音を立てていた、迷惑な奴は」
白衣の胸元には〈薬学部 遠見虹〉と記された、IDカード。
「内側から、鍵を掛けているんだろ?
予備の鍵なんてあるわけない。
何度も説明した通りだ」
不平たらたらの男をよそに、私はドアを隅々まで観察した。
病院の個室を思わせる、シンプルなドア。
きれいな銀の鍵穴に、傷が付けられた形跡は見られない。
上枠から敷居まで、拳一つ分の幅を持つガラスが嵌めてある。
割れた箇所は一切無い。
「外からの細工は難しそうね」
「見ろよわんこ。
床が真っ赤だ」
ガラスを通して、辛うじて覗ける室内。
本棚から机、白い床一面に血がぶちまけられていた。
「ちょっとこれ借りるぞ」
火野はぼさばさ頭から、強引に白衣を剥ぎ取った。
素早く左手に巻きつけると、ガラスへ渾身の一撃を放つ。
砕けたガラスへ手を突っ込み、内側から鍵を開けた。
がらんとした部屋に、人の気配は無い。
「桑咲、無理はするなよ」
私達に続き、よろよろと薬学部生二名も入室。
「お二人は、入口を塞いでいてください」
ゾンビのようによろめく男女に、きびきびと指示を飛ばす。
真っ赤に染まった部屋を見渡す。
図鑑並の分厚い本が、所狭しと並ぶ本棚。
ノートパソコンやレポート用紙が、整理整頓された机。
大きな段ボールに詰め込まれた、電池切れの壁掛け時計。
使い込まれたハエたたき。
バケツ一杯もの古雑巾。
じりじりと、小さな違和感が頭をもたげてくる。
あるはずの物が無い、そんな気がしてならないのだ。
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