三限目 にゃんこ教授と透明人間

4/14
前へ
/116ページ
次へ
 不意にどこか鼻をつく、ツンとした臭いに気付いた。 「これは血の臭いじゃねえな」 「血痕じゃなく、塗料スプレーのようね」  床には、無造作に転がった新品の缶が一つ。  梱包用フィルムは乱暴にむしり取られ、周囲に散らばっていた。    手を触れない様、腰を降ろして眺める。 「まだノズルが濡れている。  この缶が使われた事は、間違いないみたい」 「でもなんのために?」  私はそれに答えず、カーテンが風で暴れる窓へ歩み寄る。  床の塗料を踏まずに進むため、ほぼつま先立ちで。  開け放たれた窓の下。  まばらになった野次馬と、警察の姿も見える。  足場になるような、パイプや窪みは無い。  まるで狐につままれたような気になった。 「犯人はどこへ消えたのかしら」  その時桑咲の体が、真横というありえない方向へ傾いた。 「いたっ」  尻もちをつき、目に溢れんばかりの涙を溜めている。  星元はただおろおろと、彼女を見下ろすばかり。 「おい、あんた。  女を突き飛ばすとは、なに考えてんだ」 「ば、馬鹿を言うな。  俺はなにもしてない」 「言い訳は見苦しいぞ」  火野と星元が、言い争いを始めた。  蚊の鳴くような声で、桑咲が弁解した。 「遠見君じゃないわ。でも誰かに押されたのは確か」 「他に誰がいるってんだよ」  困りきった口調で、大げさに真っ赤な部屋を見渡す火野。  その時唐突に、違和感の正体に気付いた。 「そう、誰もいないわ」  火野が不安そうな目で私を見る。 「塗料の上に足跡一つ残さず、犯人は消えてしまったのよ。  内側から鍵のかけられた部屋でね」
/116ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加