三限目 にゃんこ教授と透明人間

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「だって、そうよ。  研究生は、みんな仲良しだから」 「じゃあ誰かが、本を勝手に借りただけとか」 「無いと思うわ。  研究テーマが、全然違うもの」 「鉢植えやゴミ箱の説明にも、なりませんしね」  私は肩をすくめて、奢って貰ったブラックコーヒーをすすった。 「研究室で、物が無くなったことはありませんか」 「例えばこの高そうな財布とか?」  くすりと笑われ、居心地の悪い思いをする羽目になった。 「不躾な質問ですみません」 「いいのよ。  薬学部は、裕福な院生ばかりなの。  だから財布を置きっぱなしにした所で、誰も盗もうだなんて考えないわ」 「外部から誰かが、棟内に入ってきたりして」 「出入りは誰でも可能。  でも入口には、防犯カメラが設置してあるの。  大学側が照会すれば、すぐに顔が割れるでしょ」 「部屋に大事な物が、隠されている可能性は?」 「これは内緒なんだけどね」  ひそひそと、松塚が声を落とす。 「実は床下にね。  犯罪シンジケートが隠した、偽札製造機があるの。  警察の手を逃れた仲間が、探しに忍び込んでくるのかも」 「からかわないでください」  ふくれつらの私をよそに、松塚はくすくす笑う。 「いい気分転換になったわ。  ここ最近は、ずっとこの件で落ち着かなくて。  まあ最初から鍵を掛ければ、済む話だったかしら」  松塚に合わせ私も、ベンチを立つ。 「良ければ薬学部棟を、案内して貰えませんか」 「データ分析で忙しいからねえ」  頭をぽりぽり掻き、困り顔をされてしまった。 「勝手に入っても、どうという事はないのよ。  私の名前を、出してくれてもいいし。  あっ、研究室は四階だから」  足取りも軽く、彼女は薬学部棟に通じる坂道を昇ってゆく。
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