君島沈埋都市

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君島沈埋都市

その日、その瞬間。 男の指先には数百、数千の視線が集まっていた。 誰しもが人生で注目される機会を三回持っているという。誕生と結婚と臨終の時だ。それ以外のチャンスに恵まれる人もいる。だが、今ここで肌寒い雨に濡れて身を寄せ合う人々は幸福だと言えるのだろうか。震える手には番号札が握られている。 縋るような、責めるような、憎むような、恋するような十人十色の思惑が四方八方から降り注ぐ。待ち行列にいら立ちや焦りが混じり始めた。 男は迷っていた。厄介の種を解き放つべきか、否か。 だが選択の余地はない。約束の時間は37秒過ぎている。 心拍が肋骨を揺るがしみぞおちが溶けた鉛のようだ。突き刺さる視線から顔を背け、重い 唾を飲み下す。 最前列が一歩前に踏み出した。もう逃げられない。 男は覚悟を決めた。すうっと息を吸い、肺を振り絞る。 「只今より開始します!」 叫んだ。 ふっ、と静寂が彼を包んだ。ざあっと土砂降りのように人影が、整理券が、商品が周囲を駆け巡る。 そして意識に幕が下りた。 ジリジリとうなじが焼ける熱で目が覚めた。ベッドの半分は蒸れていて、掛け布団がわりに日光が横たわっていた。 晴れているのにみぞれの音がする。     
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