第一章 プロローグ

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「はぁ、はぁ、はぁ…………。ふぅ……何とか間に合いそうだ」 終電を逃すまいと、小走りで駅に到着した。 駅構内の時計を見ると、最後の電車まで後数分ある。 「まだ余裕あるな……。歩くか……」 一息つきながら、ポケットからスマホを取り出す。 「あっ、電源消したまま……」 仕事中に携帯を鳴らすと、あの上司がうるさいのでオフにしておいたのだ。 バイブでさえ過剰に反応されるのは、うっとうしいことこの上ない。 緊急連絡があったら、どう責任取ってくれるのか。 「そんなこと気にしないんだろうけどな」 諦めつつ、電源をオンにする。 「……、……、ん、メール……」 新規メールの着信。 メッセージアプリではない。ということは自分にとってあまり普段連絡を取らない 相手だ。 「母さんか……」 実家の母親だった。 就職して親元を離れて以来、ほとんど会ってない。 「『翔、元気? ちゃんとご飯食べてる?』」 メールにはそう書いてあった。 お決まりの文面である。 「元気? と聞かれても、なあ……」 元気かどうかと言われれば、とてつもなく落ち込んでいる。 だが馬鹿正直に返しても、余計な心配されるだけだ。 「『元気だよ。ご飯は……』」 そういえば、昼食もまともに食べてない。 夕方に少し栄養補助食品を食べたくらいだ。 「疲れすぎて、空腹も感じない……」 どう返信しよう。 適当に誤魔化すか。 「いいや。明日返そう」 苦し紛れの文面を書くのも億劫だ。 「メール……もう1件あるな。これも母さんか」 惰性のまま開く。 「『そういえば、春奈ちゃんとは仲良くしてる?』」 見なきゃ良かった。 苦い記憶を思い出してしまった。 「仲良くも何も……」 何もない。 というか、自然消滅した。 「俺が悪いんだけどさ……」 仕事にかまけて、ほとんど相手をしてやらなかったのだ。 悪いとは思ってる。悪いとは思ってるんだが……。 気付いたら、こちらからの連絡に全く返事をくれなくなった。 「仕事忙しかったし、週末は疲れすぎて家から一歩も出られなかったし……、俺だっ て……」 判然としない言い訳をぶつぶつとつぶやく。 だが、誰に言ってるわけでもなく、それは空しく宙に消えた。 「はぁ……………………」 そうこうしている内に、駅のホームに辿りついた。
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