【1】 白昼夢のように

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 考えてみれば、彼との付き合い(そんなものはないはずだが、他に言葉が思いつかない)は長い。  初めて会ったのは、小学五年生で水族館へ遠足に行ったとき。同日に遠足に来ていた別の小学校の集団の中に、彼は居た。  彼は人として最低で、いくつもの欠陥を持っていたが、その中で最たるものが、彼がとても魅力的な人間であることだった。  悪魔がいつも妖艶な姿で現れるように、彼もまた、人目を引く容姿を持っていた。  幼さ残る集団の中で、その容姿は強烈な存在感を放ち、それによって私は彼を見つけた。その時、彼は同級生をペンギンの柵の中に突き落としていた。軽やかに笑いながら振り返った彼と、集合場所に戻ろうとして踵を返した私。それが、初めて互いに目を合わせた瞬間だ。  それから、何度、同じ場所に居合わせたことだろう。  新しい場所へ行く時、いつもそこに彼が居た。高校に上がってバイトをすると、客として彼が訪れたし、大学に上がってサークルに入ると、初めて好きになった女性の想い人として彼が現れた。  彼は、私の人生に唯一潜む異臭だった。道を歩いている時に思いがけず鼻先をかすめ、一瞬にして気分を不快にさせるような、疎ましい存在だった。  それでも私は自己抑制力に自信があったし、人として常に公正で且つ寛大であろうと心がけていた。  おそらく彼は、幼児期に何か不幸な経験をしたのだろう。それによって生じた歪みを直そうと人知れず藻掻いて、あんな行動をとってしまうに違いない―――凡庸な間に合わせの想像を以て、私は彼という人間の存在を許していた。  存在してはいけない人間など居ない。人は皆弱く、脆い。人の弱さを非難する権利は、誰にもない。  ……それでも私は、彼の存在を感じる度に、どうしようもなく不快な気分になった。  彼という存在を詳しく知っているわけではない。私達はいつも、同じ場所で互いの存在を感じるだけだった。言葉を交わしたことも、挨拶をしたことすらも無い。  しかし、彼の噂は嫌でも耳に入ってきた。彼の情報は年月と共に積み重ねられ、気づいたときには、膨大な量になっていた。  彼は私について何一つ知らないだろうに、私ばかりが一方的に彼の情報を押しつけられていることも、私を不快にさせる一つの要因だった。
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