5人が本棚に入れています
本棚に追加
未熟な頃は、殺意を抱いた時すらあった。
彼は、白昼夢のようにふらりと私の人生の隙間に滑り込んでくる幻なのではないのか。ならば、殺しても咎められまい。彼が死んでも、誰も悲しむとは思えない。彼に囚われた女達も、彼の死によって目が覚めるだろう――――そんなことを考えていた私は、若かったのだろう。初めての想い人を奪われ、冷静さを欠いていたのかもしれない。
しかし、そんな風に憎しみの目を彼に向けていた私とは違い、彼はいつも微笑んでいた。
一人旅の途中地方の駅のホームに立っていた時も、デモに巻き込まれて人混みに流されていた時も、彼は微笑んでいた。
微笑みの後、心臓を刺すような言葉を吐くのが、彼の常だと聞いたことがある。人と目が合うと微笑むのは、彼の癖だったのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!