染谷大空 海棠の雨に濡れたる風情

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 空は灰色の雲で覆われ、朝から断続的に雨が降り続いていた。地面を激しく打ち付ける雨音が廊下中に響いている。  野球部は校内で自主トレをすることになり、俺は教室に置き忘れたタオルを取りに廊下を早歩きしていた。自分の教室は廊下のつきあたりだ。教室の奥に向かうにつれ、しんと静まり返り、吹奏楽部の演奏が微かに聞こえるだけだった。  雨音の合奏を耳にしながら俺は教室の戸口に手を伸ばそうとした。だが、その手をぴたっと止めた。 「んっ……んん」  教室内から誰かの声が漏れ出ている。その甘ったるい声遣いに胸がざわざわしたが、必死で抑え込みながらそっと戸口を開いた。見ると、教室の窓を覆った分厚いカーテンがもぞもぞと動いている。  僅かに開いた窓から風が入り、ふわっとカーテンが舞い上がった。栗色のポニーテールを靡かせながらうっとりとした表情をしている女子生徒、神崎千里。そして向かい側にいる相手は数学教師の平田だった。平田は千里の胸のふくらみに手を這わせている。  千里は俺の存在に気が付くと、ばっと平田から身体を離した。平田は慌てる様子はなく、ゆっくりとカーテンの中から出てくる。目鼻立ちが整った端正な顔、そして碧い瞳。薄暗い教室でにっと笑うその姿は、同じ人間と思えない程の美しさと不気味さを浮かび上がらせた。  平田のブルー・アイが俺を捉える。 「おー、染谷。野球部は自主練か? この雨じゃグラウンドは使えないもんな」  いつもどおり話しかけてくる平田に対し、何も言葉が出ない。棒のように立ち尽くしていた俺に平田はポンと肩を叩き、教室を出ていった。すれ違いざま、左手の薬指にはめられた指輪が輝いた。  千里は窓の方に身体を向け、乱れた衣服を整えていた。  激しく打ち付けられる雨音が教室内に響き渡っている。一体何分過ぎたのだろうか。俺と千里は薄暗い教室内で立ち尽くしていた。 「か、神崎、お前……」  千里の身体がびくっと反応する。その身体はまだほんのり赤いままで、熱が冷めていないようだった。 「す、数学の宿題忘れちゃってさ。居残ってやってたんだよ」  窓の方を向いていた千里はばっと振り向き、何事もなかったかのように笑ってみせた。栗色のポニーテールが左右に揺れる。
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