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「ああーーーーっ! 今年こそ甲子園行くぞおおおおおーーーっ!」
俺はハッとし、慌てて顔を上げた。千里が窓から顔を出し、空に向かって大声で叫んでいる。
顔や身体を吹き込んできた雨滴で纏い、千里に潤いを与えていた。
栗色のポニーテールもしんなりとしている。
「雨つめてーっ!」
雨に濡れながら笑顔で空を見上げる千里。平田と二人っきりでいたときとは違い、まるで少年のようにはしゃいでいる。
「待ってろよー甲子園―っ!」
俺は千里を抱きしめたかった。何かを振り払うかのように叫び続ける彼女を。
でもできない。それは今の彼女を否定してしまう行為だ。彼女のガラスのような心を壊してしまいたくない。
貴女もそうだったんだろうか? 小さな体を震わせながら果てのない空に向かって懸命に叫び続けていた貴女。考えなしの俺に抱きしめられた時、貴女は現実を突きつけられ虚しさに苛まれていたのかもしれない。
――いや、違う。俺が傷つきたくないだけだ
「神崎」
「ん?」
俺は涙を拭って声をかけた。千里の湿ったポニーテールがまた揺れる。先っぽがくるりんと丸まっていた。
「そのポニーテール、似合ってるよ」
「えっ? はっ? 突然何言ってんだよ!」
千里は思いがけない言葉に目を丸くした。頬が少し紅潮している。
「ははははははははっ」
「なっ……からかったな! てめー!」
千里も年相応の可愛らしい表情ができるんだ。俺は心の底からほっとし、また涙が出そうになった。
「なんだよ、全く」と千里はぷいと顔を横に向けた。栗色のポニーテールがまた振り子のように揺れる。
俺は窓から空を見上げた。気が付くと小雨になっており、雲が一段と早く流れていた。
親愛なる貴女。お元気ですか?
私がもっと経験を積んで大人になったら、貴女を必ず迎えにいきます
貴女のことだから、この広い空の下で太々しく生きているでしょう
栗色のしっぽを揺らしながら
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