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???? 雨落ちれば天に上らず
雨? 雨は好きよ。
体の曲線に沿って水滴がしたたり落ち、アタシを妖艶にみせてくれる。
今だってほら、雨に濡れながら新しいご主人様を待っているのだけど、通り過ぎていく人々がアタシの美貌に釘付けにされてるわ。
カラフルな傘を上下させながら走っていく小学生の群れ、傘の中でお互いの腕を触れ合わせながら歩いてるカップル、黒い大きな傘を差したサラリーマン。みーんな「かわいいかわいい」と持て囃してくれる。
本当は「美しい」って言葉の方が好きなのだけど。
それにしても新しいご主人様遅いわね。このアタシを何時間も待たせるなんて失礼にも程があるわ。しかもこんな狭い箱のなかで!
アタシは痺れを切らし、どんよりとした空に向かって一度声を出してみた。反応は何もない。
辺りはどんどん暗くなっており、ポツポツと雨音だけが響いている。頬を雨粒が伝い落ち、顔を左右にぶるぶる振った。
目線を上げると、家の窓から眩いばかりの光が漏れ出ていた。中から楽しそうな声が耳に届き、心をキュッと締め付ける。胸に収まっている古びた野球ボールを抱き締め、夜闇に沈んだ空を見上げた。目に雨粒が飛び込んできて、視界を歪ませた。
ちょっと! 新しいご主人様はまだなの?
寒いわ
冷たいわ
お腹がすいたわ
早く、早く来なさいよ!
ご主人様っ!
アタシは空に向かって何度も何度も叫び続けた。憂いが募る思いをかき消すように、何度も何度も。
ねえご主人様、アタシを見つけて!
早く! お願いっ!
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