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その時、ぼちゃっと水たまりを踏みつける音が響いた。
気が付くと目の前にユニフォーム姿の青年が立っていた。ガッシリと引き締まった体つきだが、スポーツマンのような溌剌とした雰囲気はなく、寂しい表情を浮かべている。
ま、まさか、この青年が次のご主人様?
青年はアタシと同じくびしょ濡れでユニフォームは泥で汚れていた。手にはグローブを握りしめている。青年は地面にグローブを置き、膝をついてアタシに手を伸ばした。ゆっくりと抱きかかえられ身を委ねると、青年の心臓の音が伝わってきた。
やだ、緊張してるのね。無理もないわ。女の子を抱きしめるなんてきっと初めてでしょうから。大丈夫、アタシがきっと立派なジェントルマンにしてみせるわ。
アタシは青年の胸の中で、ゆっくりと瞳を閉じた。お互い雨に濡れているのに何だか温かい。
ぼんやりとした意識の中で、ボールが地面に転がり落ちる音が聞こえた気がした。
それからアタシと青年の共同生活が始まった。彼は「ソラ」という名前なのだそう。大空と書いてソラ。野球部に所属していて、いつもユニフォームを泥だらけにして帰ってくる。
家に入る前に泥を落として! とアタシはいつも口やかましく注意するのだけれど、ソラは「ごめんごめん」というだけで全く応じてくれない。世話が焼けるわ。
大きな体、がっしりついた筋肉とは裏腹に、ソラは大人しめの性格だった。正直言うと、前のご主人様に比べたら平凡も平凡。
でもね、心根はすごく優しくて繊細で、部屋でこっそり恋愛映画観てさめざめと泣いてる姿はちょっとドキッとしちゃうわ。
いつもは手招きされても軽くあしらうんだけど、つい気持ちが盛り上がっちゃうとソラと一緒に寝たくてベッドに潜り込んじゃうの。
アタシ、悪女かしら?
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