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ある時、ソラはテレビを観ていたわ。大きく広がる空の下、メガホンで応援する声、華やかなチアのダンス、吹奏楽部による演奏、そしてマウンドに立つピッチャー。守りに入っているチームメイトがピッチャーに向かってしきりに叫んでいる。
テレビの中から熱量が伝わってきて、神経が鋭く研ぎ澄まされた。
ピッチャー振りかぶって第一球、スパンとキャッチャーのミットに収まり、おおおおおおと観客席が盛り上がる。
アタシは大きな音が苦手だったのだけど、なぜかテレビから目を離すことができなかったわ。
――ごめんね、一緒に住めなくなったんだ
あの日前のご主人様はそう言ったわね。
アタシと古びた野球ボールをブランケットの敷いてある小さい箱に入れて去っていった。雨がぽつぽつと降ってきて、体全体を湿らせた。
寂しくなんてない。悲しくなんてない。前のご主人様はアタシがあまりにも美しいから手に負えなくなんていたのよ。きっとそうだわ。それにこの美貌。すぐに新しいご主人様がやってくるわ。
テレビから発せられる声援は続いており、アタシの耳をざらりと掠めた。
その時、ソラがアタシをすっと抱き上げた。アタシは目を丸くして彼の顔を見る。遠視だからソラの顔はぼんやりとしていたけれど、ソラの瞳にアタシの姿がしっかりと映っていたわ。
「俺が貴女を甲子園に連れて行ってあげるよ」
ソラは真っすぐそう言い切った。急にソラの顔が眩しくみえて、アタシはすっと飛び降りてソファにごろんと横になった。体が火照って心臓がどきどきしている。
ったくソラのくせにこのアタシを動揺させるなんて生意気なのよ、と栗色のしっぽをひらりと空中に舞い上げた。
もしかしてアタシってばソラに惚れてる? 嘘でしょ。立派な男にしてやろうと思って傍にいたのに、いつのまにかアタシの方が執着してるなんて。
…………
アタシはもう、ソラの傍にはいない方がいいのかもしれない
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