第十一章 桃源郷

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第十一章 桃源郷

 ――新潟上越地方、とある城下町。  美姫は普通電車を降りると、駅の改札口を通り抜けて、駅前の駐輪場に止めてあった自転車をこぎ始めた。自転車のカゴには、日本酒の一升瓶が二本入っている。  駅前の路地を右に曲がると小さな歓楽街があって、スナックや飲食店の看板が通りの左右に所狭しと立ち並んでいる。それぞれの店の前には雪除けの雁木が設置されていて、赤錆た雪国の古い街並みから昭和の匂いが漂っている。  美姫は歓楽街の中を自転車で走ると、通りの真ん中あたりで自転車のハンドルを切って、古い料亭の前の小道を通り抜けた。小道を抜けると直ぐに小川が流れていて、美姫はその川沿いに自転車を走らせた。 「桜が凄く綺麗だわ」  美姫が川沿いの風景を眺めながら自転車をこぐ。  川沿いに植樹された桜が北国の遅い春を待ちわびて満開に咲いている。そして、桜の花びらが雪解け水の上にひらひらと舞い落ちて小川の水面を華やかに飾っている。 「まるで、桜の絨毯ね」  美姫は自転車にブレーキをかけて、川岸から薄桃色の美しい水面を眺めた。  ――しばらくして。  美姫は自転車から降りると、店の勝手口を開けて、日本酒の一升瓶を床の上にそっと置いた。     
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