オルター・洋子「龍平洋漂流記」より 第3章 妙味な男たち

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 さて、主人公の馬締光也を見ていて、どうしても思い出してしまう人がいた。  私は小学校から高校まで一貫のミッション系女子校に通った。 彼女は同級生で、特に仲よしではないが全く話さないということもない。中学から転入してきて高校卒業までに2,3回同じクラスになったろうか。好きなミュージシャンが一緒で野外ライブに行ったこともある。  身長が170センチ近くあり、女の子としては背が高い。たっぷりした黒髪、大きな二重の目、鷲鼻気味の高い鼻。つまり目立つ美人なのだが、性格はいたって真面目、慎重で引っ込み思案。背が高いせいか猫背ぎみで、ひょろっと手足が長く、それを持て余しているかのようにモタモタしている。近眼のため、美しい顔に銀縁の地味な眼鏡をかけていた。成績はいい。なにかと気に病むタイプで胃痛を起こしたり、朝礼中に貧血で倒れたりした。さらに彼女は全国区で名の知れた老舗のお嬢さんで、何もかもそろっているのに本人は浮ついたところがない。自分でも「石橋を叩いて叩いて叩き壊す性格」と言っていた。  その彼女を、私はひそかに好きだった。恋愛感情を持っていた。 体育の時間、彼女が長い手足をひょろひょろさせて苦しそうにマラソンするところや、誰も居ない放課後の教室で数学を解いている整った横顔を、こっそり見ていた。  ある日、校庭の掃除当番の時、私が躓いて転びそうになったのを、そばに居た彼女が持っていた箒を投げ出して抱きとめてくれたことがあった。長い指が私の肩を掴んで、彼女が私を覗き込んだ。濃い睫毛の下の大きな瞳。「だいじょぶ?」と静かな声。彼女の手の暖かさを肩に感じた瞬間、私は耳まで赤くなってしまった。するとすかさず、小学校からの幼馴染に「なんで赤くなってんの?」とするどく突っ込まれた。当の彼女はきょとんとしたままだったが。    馬締の動きがどうも、その思い出の彼女と重なった。いまや大手銀行で「偉い人」になった彼女と去年食事を共にした。駅までの帰り道、派手さのない、しかし高級そうなコートを身にまとった彼女は相変わらず長い手足でモタモタ歩いていた。
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